神戸の若松塾でおこなわれた学習法とは

私は昭和39年生まれです。
中学1年で10月まで住んでいた時は若竹塾に通っていました。

11月引っ越してきた地区で高校受験に有利な塾を母は探していて若松塾に行くことになったのです。
それまで六甲山のふもとの団地に住んでいた私にとって若松塾本校のある板宿は強烈でした。
スナックビルが多くネオン街のビルを見上げながら通塾したのを覚えています。

若松塾はレベルが高いというよりもその当時の私にとっては難しいテキストをつかっていました。
毎日課せられることは宿題帳といって大学ノートに学校で使っている教科書の英文を何回も字数を多くして書けというものでした。

これは私が英語の成績をあげたことで非常に大きく成果をあげたものでした。
ただ閉口したのはぬきうちで毎日英文をかいているかどうかを調べられもし書いていなかったら厳しく注意されました。

最も塾生の95%は毎日かいておらずこの私も3日に一日書くぐらいでした。
中一の2学期の通知簿で英語が3以下の生徒は廊下にたたされたり厳しく対応されました。

しかし、受験という大きな壁も厳しく対応してもらえたおかげで合格することができました。